松山地方裁判所 昭和37年(行)6号 判決 1970年11月05日
原告 古茂田聖
被告 松山税務署長
訴訟代理人 片山邦宏 外五名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
被告が昭和三六年三月一〇日訴外古茂亨に対してなした登録税過誤納金還付金を滞納個人再評価本税利子金七二万一、三四〇円に充当する旨の行政処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
(請求の原因)
一、昭和三六年二月二八日、別紙目録(一)記載の土地については訴外古茂田亨を、別紙目録(二)記載の建物については訴外有限会社岩井屋旅館をそれぞれ登記義務者、原告を登記権利者とし、登録税として金三九九万円の印紙を貼用した所有権移転登記申請書が右登記権利者、登記義務者双方代理人訴外遠藤豊行から松山地方法務局に提出され、同日受付けられたが書類不備のため、同日右申請は取下げられ、登録税三九九万円は誤納となつた。
二、しかるところ、右印紙代は原告において他から融資を受けて全額負担していたものであるから、原告がその還付を受けるべきものであり、原告の父訴外古茂田亨は訴外遠藤に対し原告に還付されるようその手続方を依頼したのであるが、訴外遠藤は同年三月六日松山地方法務局に対し右登録税還付証明書交付請求書を提出するにあたり、右請求書に還付を受くべき者を原告と記載すべきにかかわらず古茂田亨と記載したので、同法務局登記官吏は還付を受くべき者を古茂田亨として登録税還付証明書を作成し、同日訴外遠藤に交付し、同訴外人は、同月八日被告松山税務署長に対し古茂田亨名義の還付金請求書にこれを添えて提出した、
三、被告松山税務署長は訴外古茂田亨に個人再評価税本税金五三万五、六八〇円、同利子金一八万五、六六〇円、合計金七二万一、三四〇円の滞納があつたので、同年三月一〇日、国税徴収法第一六二条により前記還付金三九九万円から右滞納税額相当額を充当する処分をなし、その通知を同月一七目訴外古茂田亨になした。
四、しかしながら、前記のように本件過誤納金登録税の還付を受くべき者は訴外亨ではなくて原告であるから、同年四月一五日本件登記申請の権利者、義務者連名にて同法務局に対し登録税還付証明書訂正願を提出し、同法務局登記官吏は同日、前記登録税還付証明書の還付を受くべき者が古茂田亨とあるを原告と訂正する旨記載した登録税還付証明書訂正書を作成して原告に交付し、即目被告松山税務署長に通知した。
五、以上のとおりであるから、被告は前記第三項の充当処分を取消すべきであり、原告(法定代理人親権者訴外亨および千鶴)および訴外亨は同年四月一六日被告松山税務署長に対し前記充当処分についての再調査の申立をしたところ、高松国税局長は昭和三七年一〇月四日審査請求を棄却した。
六、よつて、原告は前記充当処分の取消しを求める。
(請求の原因に対する答弁)
一、請求原因第一項の事実は認める。
二、同第二ないし第五項については貼用印紙額の真実の負担者原告であつたことおよび原告が還付請求権を有することは争うがその余の事実は認める。
被告のなした本件充当処分は適法であつて何ら違法な点はない。すなわち、
(一) 本件登記申請の関係をみると、別紙目録(一)記載の土地については訴外古茂田亨が登記義務者であり、別紙目録(二)記載の建物については訴外有限会社岩井屋旅館が登記義務者となつていたが、右訴外会社の代表者は訴外古茂田亨であり、右土地および建物のいずれについても登記権利者は原告となつていたが、原告は当時未成年者であつて、訴外古茂田亨が父であつて親権者法定代理人たる地位にあつたものであり、本件登記申請については、訴外古茂田亨が、事実上登録税を納付したのであるから、本件過誤納金還付請求権者も同訴外人である。従つて、同訴外人に対する滞納税債権と同訴外人の本件還付金債権の対当額につき充当処分をなした被告の行為には何ら違法な点はない。
(二) もし、そうでないとしても、原告が主張するように、松山地方法務局登記官吏が昭和三六年三月六日作成した還付証明書には「還付を受くべき者」として「古茂田亨」と記載されており、該証明書は、同月八日付の訴外古茂田亨かららの被告松山税務署長に対する過誤納金還付請求書に添付されて同税務署長に提出されたのであるから、仮に訴外古茂田亨は権利者でなくても債権の準占有者というべく、被告松山税務署長のなした同訴外人に対する充当処分は有効適法のものである。
第三、証拠<省略>
理由
一、先ず本訴の適否について検討する。
原告は本訴において税務署長が第三者に対してなした過誤納金還付金を滞納個人再評価税に充当した処分について右還付金請求権が自己に帰属していることを理由に右処分の取消しを求めているものである。
よつて訴の利益の有無について考えてみるに、右充当処分なるものは徴税者の有する租税債権と納税者の有する還付金債権を対当額において消滅させる税務署長の行為であるが、その効果は処分の相手方のみにおよび、第三者にまでその効果がおよぶものではない。すなわち、原告の主張するように還付金請求権が処分の相手方以外の者に帰属する場合は、その者の有する還付請求権が充当処分をなしたことによつて消滅するものではない。もつとも処分の相手方が真実還付請求権を有しないけれども、債権の準占有者たる要件を充足する場合は問題であるが、この場合は充当処分そのものは適法であつて、真実の権利者は準占有者に対する損害賠償ないしは不当利得返還請求によつて救済されるものと解すべきである。
二、以上のとおりであるから、充当処分の相手方でもない原告にとつて充当処分を取消してみても自己の権利に何らの消長なく、別途に還付金請求をなす方法もあるのであるから、本件充当処分取消しを求めるについては訴の利益がなく、本訴は本適法であつて却下を免れない。
なお、本件のように徴税者側が一旦充当処分をなした場合、真実の還付金請求権者が還付請求をなしても、徴税者側においてこれに応じないで訴訟になる場合が多いことは容易に予測できるところではあるが、だからといつてこれをもつて訴の利益があるとはいえないとこである。右のような利益は単なる事実上の利益に過ぎず、行政訴訟によつて保護すべき利益とは到底解し難い。
三、よつて、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄 梶本俊明 関野社滋子)